書評-本好きさんのコラム-:「普通の子」朝比奈あすか

 

 書店に並んでいた本書を手に取ったのはもうずいぶん前でしたが、手に取った理由は帯のコメントだったと記憶しています。「わが子が教室のベランダから飛び降りた。」という言葉と、題名の「普通の子」のなんとも言えない不安定さに惹かれ、ついその場で購入しました。ただ、心が元気な時でないと読めない気がしてしばらく置いたままになっていましたが、先日のお休みに手に取り読んでみました。

 「普通の子」の小学5年生の晴翔、その母親の美保を中心にこの世界は描かれています。成績は平均的、口答えもそれほどしないごくごく普通の小学5年生であると表現されている晴翔は、ある日教室のベランダから飛び降ります。命に別状はなかったとは言え、長期の入院を必要とする大怪我を負いました。母親の美保は、飛び降りた理由(飛び降りさせられたのかもしれない)を探しまわります。夫の和弥との会話から、美保の「一般的な働く母親像」がとても庶民的に表現されていて、他人事には感じられません。美保の小学生時代の記憶が語られるシーンが中盤続くのですが、自分が子供の頃、誰かの悪意に触れたようなザラザラしたその記憶の断片が、無意識的に呼び起こされてなんとも苦しい世界観でした。

 少し本の話とは逸れてしまいますが、ちょうど話題になった小学生の行き過ぎたいじめ事件について考えさせられるタイミングでもありました。まるでこの事件を知っていたかのような表現も本書にあり、考えずにはいられませんでした。動画や音声が素人でも子供でも簡単に残せる今、ある意味証拠は見つけやすくなり、いじめの実態把握はしやすくなったと思います。いじめの加害者については、罰するべきタイミングでしっかりと罰してほしいと思いますし、「社会復帰できないようにしてやれ」というような意見も多数あり、賛同できる気持ちもあるのですが、どうでしょう。幼少期からの自分自身の全ての動画が残っていて誰でもいつでもアクセスできる方法があったとしても、自分はいじめに関わったことが一切ない、人を傷つけるようなことはしていないと言い切れる人はどのくらいいるのでしょうか。自分にとっての真実は、その時の感情や見たもの、聞いたもの、ありとあらゆる事実をつなぎ合わせて作られます。動画という証拠は感情が残らない完全な客観的証拠ですから、それらが同じものになるとは限らないのかもしれません。本書を通してそんなことも考えたのです。

 本を普段あまり読まない方でも読みやすい小説だと思います。もしかするとお子さんがいる母親世代の方に刺さるものは多いのかもしれませんが、最初にお伝えした通り、できれば元気な時に読んでいただくことをお勧めしたいと思います。そして、ちょっと苦しい気持ちになった本の感想は、読んだ者同士で交換し合うと健全に消化していけますので、読まれた方はぜひ感想をお寄せくださいね♪

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