書評-本好きさんのコラム-:「海月の骨」朝宮夕

今回の作品は朝宮先生のデビュー作「アフターブルー」の続編です。(続編と言っても、内容が続いている訳ではないので、未読でも問題なしです。)

前作を読んでいると一瞬登場した東雲(しののめ)くんに癒されましたが、それよりも前作から引き継がれる生と死の表現力に終始魅了されてしまいました。

物語は、「遺品整理士」という仕事をしている水生悠浬(みおゆうり)という主人公を中心に展開します。水生は遺品整理をしている部署のうち特殊遺品整理課というところに配属されているのですが、ここでは孤独死や自殺、事件現場となった家の特殊清掃や遺品整理を担っています。過去に「おくりびと」という映画がありましたが、あれは納棺師や湯灌師のお話だったと記憶しています。ご遺体を綺麗にし、納棺する仕事にはこんなにも多くのドラマがあるのかと当時思いました。皆さんも、小説や映画にでてくるさまざまな「死」の取り扱い方をみて、感動したり傷ついたり誰かに重ねて苦しくなったり、たくさんの擬似体験をしてらっしゃると思いますが、私がこう言った作品を見ていつも感じるのは「死」は「生の続き」にあるということです。子供の頃「死」は死ぬ時に突然訪れるものだと思っていましたが、突然訪れるように見える「死」も、生きていた毎日の先にあるから「死」なのです。もっと言えば、生きていない人には訪れないのが「死」です。今回の作品は、この「死」についてまた深く考えさせられるいい機会になりました。

孤独死してすぐに発見してもらえなかった方の家の清掃や遺品整理をする時の描写はなんともリアルで少し気持ち悪く感じるものもあるほどでしたが、朝宮先生の本の軽やかさは読んだことがある方ならわかるはず。「死」を取り扱っているのに爽やかで、リアルで苦しい物語は、登場人物の力で軽やかに美しく輝きます。冒頭から「変わった職業」での仕事風景が描かれ、仕事と主人公の心の描写でずるずると終わるのがよくある物語(偉そうなこと言ってすみません)ですが、ちょっと違うのが朝宮先生で、なるほどそうきたかと思いつつも、読者をわざとらしく驚かせようというわざとらしさがなくてとても読後感がいいのです。どの登場人物にも嫌悪感を抱かせないのはきっと著者が優しい性格だからなのかなと勝手に想像してしまいました(なんの情報もないので本当に勝手に、です)。

この本にあった、「部屋にはそこで生きた人の人生が詰まっている」という言葉には考えさせられるものがありました。あの段ボールには私の幼少期が入っていて、あの引き出しには私の学生時代が入っていて、あの写真、あの本、あの絵、あのキーホルダー、いるものもいらないものもたくさんあるけれど、私が今ここで死んでしまったらきっとほとんどのものがいらない「ゴミ」で、他人にとってはそれ以上でもそれ以下でもないということ。けれどそれが私の人生そのものであって、誰にも、否定も肯定もできないものであることだけは間違い無いなと感じました。自分の死に方に贅沢は言えませんが、誰かがそばにいてくれたらいいなと感じずにはいられませんでした。私の「ゴミ」を思い出に持ち去ってくれる人がどうか一人でもいますように。そんな想いを持ってこの本を明るい気持ちで閉じました。ぜひ、皆さんも手に取って読み、「死」を明るくリアルに考えてみてはいかがでしょうか。

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